1. >
  2. >

ありし日のウェルビー今池に寄せて


懐古主義は歳を取った証拠だと思うとあんまり好きではないのだが、そういうタイトルで。

本日久々に「ウェルビー今池」を訪れた。僕は”世界トップクラスのサウナ”と常々うそぶいているが、自分にとって大好きな、思い出深いサウナである。

【1】

ウェルビーを初めて利用したのは、10年以上前だが、関係値が濃くなったのは8年前の夏からだ。起業後エストニアに短期で留学したのだが、なけなしのお金を使い果たしていた上に、現地での生活はクレジットカードの分割支払いと、JCBのカードローンで何とかやり繰りする有様であった。

日本に帰って来たあと家を借りる余力はなく、今池にあった当時のオフィスに住民票を移し、最寄りのサウナ「ウェルビー今池」をほぼ家代わりにしていた。1泊3,000円ほどのウェルビーは3日に1度程度のご褒美であり、その他の日はオフィスで夜を過ごし、朝になると、当時あった「スオミの湯」という銭湯でチャチャッと体を洗ってまた仕事をしていた。

それもままならない時は、オフィスの給湯室で髪だけ洗っていた。一度だけガスの元栓と給湯器のスイッチの順番を間違えて、小さなガス爆発を起こし、前髪がチリチリに。その日は運悪くも友人の結婚式で、東岡崎駅から慌てて飛び乗ったタクシー車内で「兄ちゃん焦げ臭い」と運転手に言われる始末であった。

僕がチリチリだった話はさておいて「今池」という街である。昔の繁華街で栄や錦にその座を奪われ廃れ、今や”風俗とパチンコの街”と揶揄されることもある。当時の名残というか妙にアングラな雰囲気が漂っていて、ライブハウスが多かったり、昔ながらの飲食店があったり、チンピラが多かったりするが、総じて味のある街だ。

これは大学を中退したあとなので随分前になるが、21歳の頃チンピラに因縁を付けられ、なんだこらと返したらボコボコにされて、救急車で搬送されたこともあった。

前述の「スオミの湯」について以前はハッテン場の噂もあり、僕が通っていた当時は正常化(多分)していたが、風呂の至るところに張り紙で「そういうことをしたら警察に通報します」とあった。変なやつに背後を取られないか常に警戒していたものだ。

ある日、広小路通という大通りで信号待ちをしていたら、反対車線側で、酔ったじいさんが電柱に立ちションをしていた。最近炎上したYoutuberとはレベルが違う。日中大通りで立ちションしていたのだから。

かくも愉快な街が今池なのだ。

 

【2】

今池商店街には、2つの有名な通りがあって、一つは「ダイエー通」もうひとつが我らが「ウェルビー通」なのだ。ゲートをくぐり、ウェルビー通を抜けると、そこにはウェルビー今池がむき出しのプレハブと共にそびえ立っている。

最高なのだ。当時あそこには全てがあるように感じていた。サウナハイになれる環境。山のような漫画。早朝の誰もいないミストサウナで練習するMaroon5。朝バイキングが食べ放題の食堂。”数え上げりゃきりがないんだよ”状態だ。

とにかく居心地が良かった。ウェルビーの客層は幅広いが、当時の僕の様な貧乏宿を求める層と、経営者・スポーツ選手などサウナ好きのアッパー層に分けることが出来た。

当時家なしの僕は「ここを底にして、這い上がってやる」というハングリー精神を持っていたし、ウェルビーにいるとそれを強く感じられた。仕事をして、毎時のロウリュで頭をスッキリさせてまたパソコンに向かうと集中できた。ロウリュさえあれば、いつまでも働き続けられるような気さえしていた。

何よりも、スマホも何もない環境で深く思考出来る時間。どんなに嫌なことがあっても、一度”ととのう”ことが出来れば、また冷静に物事と向き合うことができた。たんこぶを作った子どもが母親を求めるように、サウナを求めたこともあったはずだ。

 

【3】

今日久々に訪れたウェルビーはちょっと勝手が違っていた。最近徐々にそうだったのだが、若者比率が格段に上がっている。おっさんが中心のかつてのウェルビーとの圧倒的な違いは、腹がたるんでいるやつが少ないということだ。

とにかく人が多いので、ロウリュを受けるのも一苦労。僕は今日ついぞロウリュにありつけなかった。以前の落ち着いた雰囲気からすると随分様変わりしていたので、ちょっと悲しかったが、こればっかりはしょうがない。

安くてハイになれる「サウナ」を若者が知ってしまった。副作用のないドラッグと言われるサウナである。メディアの影響でダサい汚いのイメージが払拭されれば若者人気に火が付くのはむべなるかなだ。

よく見るおっさん連中もほとんどいなかった。この雰囲気だと”おっちゃん”は来づらくなったのかな?と思ったのだが、ふと疑問に思ったことがある。「若い彼らにとって、俺はどっちにカウントされているんだ…?」自分のことは”おっちゃん”じゃないと思っていたが、自分が彼らにとってどう見えているのかは皆目検討がつかない。20代の気持ちは忘れてしまってわからない。

この答えは出ないまま、騒然としたサウナを後にした。

 

【4】

サウナ近くにある友人の事務所に自転車を置きっぱなしにしていたことに気づき、それを回収しに行く。外気は中々冷たかったが、サウナ後で体の中がポカポカしているし、少し漕いだら温まるだろう。

中々満足にととのうことも出来なかったのは悲しかったが、温まった体と秋の夜風は心地よかった。リラックスして自転車を漕いでいると、大久手交差点辺りの前方右手の方に、変な格好のおじさんがいた。

明らかに僕を見て右手を上げて「あのおぉぉぉぉぉおおおおお!」と大声を発した。びっくりした僕は「ぉぉぉおおおおぉぉ…」と声を上げて自転車で通り過ぎる。

振り返ってはいけない。

長髪のおじさんが追って来ているかもしれない。

振り返ってはいけない。

振り返った僕を見て、おじさんが追いかけてくるかもしれない。

100メートルくらい進んで後ろを見ると誰もいなかった。

良かった。

サウナでは、自分がおっちゃん組なのか、若者組なのか答えは出なかった。

ただ、奇声を上げたおじさんは「今池組」「非今池組」で言うところ、僕を今池認定していたと思う。今池の匂いを感じて思わず声を上げたのだろう。

まだあの頃の匂いが残っていると思うと勇気が出た。

ありし日のハングリー精神は変わっちゃいない。

「ここを底にして、這い上がってやる」