ミノワマンの動画でウルッときたことと、競争の本質は選択にあるという話
※リスペクトを込めながら、文章のリズムが悪いので選手名に敬称省きます。
最近格闘技が熱い
・・・と個人的に感じている。
まずRIZINが面白い。愛知出身の朝倉未来については最早一ファンであるし、RIZIN17は地上波でやらなかったので、2000円払ってGyaoのペイパービューを見た。過去最高のペイパービュー収益を上げたようだが、日本も海外の様に変わって来たなと感じた。余談だがDAZNも日本進出時、絶対上手くいかないと踏んでいたが、あれよあれよと成長している。動画コンテンツマーケットのあり方は、この数年で大きく変わった。
18日には、RIZIN18が名古屋のドルフィンズアリーナで開催される。ダリオンコールドウェルを破って、ベラトールとRIZIN二冠の堀口恭司と朝倉兄弟の弟朝倉海の試合だ。会場のチケットは取れなかったが、ペイパービューを買ってライブで見ることにする。
ボクシングの村田諒太がGGGとのマッチアップがあるかも楽しみだし、井上尚弥のWBSS決勝さいたまスーパーアリーナでのドネア戦は出来ればチケットを取っていきたい。今から楽しみでしょうがないといった具合だ。
K-1は昔ほどの勢いはないけど、武尊は強いし、那須川天心とのマッチメイクが実現すると盛り上がるだろうなと。ちなみに、あんまり人気ないけど今度、皇治と対戦する愛知県出身の大岩龍矢の実家の焼肉屋「炭火焼肉 まんぷく」はマジで美味い。
https://tabelog.com/aichi/A2301/A230113/23012328/
(余談)スターってなんだろうという話
僕自身がミーハーな性質を持っていることは十分理解しながら、声を大にしていえば「スターが好き」である。
ボクシング界の
- 村田諒太
- 井上尚弥
総合格闘技だと
- 堀口恭司
- 朝倉未来
サッカーだと
- 久保建英
昔のK-1だと
- 魔娑斗
感覚的に魔娑斗はキムタクが格闘技やってるくらいのイメージを持っていた。
彼らに共通している要素はなんだろうか。
- 結果を出している
- 語れるドラマがある
この理屈で行くと当てはまらない人もいるし、このスター論(大衆論)は今よくわからないし、面白そうなので別の機会に扱うことにしよう。余談終わり。
ミノワマンの動画を見て「夢”しか”叶わないな」と感じる
昨今の格闘技ブームに触れておいてなんだが、今朝ミノワマンの動画を見た。
皆さん覚えておられるだろうか?
PRIDE全盛期自体に、170cmちょっとの身長で、ムキムキな男が「俺はプロレスラー」だと息巻いて大男達に挑んでいたのだ。
圧倒的に強いわけでもなんでもなく、見ているこちらをいつもヒヤヒヤさせて、時には
- ミルコ・クロコップ
- ヴァンダレイ・シウバ
にボコボコにされながらも、2009年のスーパーハルクトーナメントでは、
- ボブサップ
- チェホンマン
などを全て、1本 or KO勝ちで破ってとうとう優勝してしまった。
幼い頃は、喘息持ちだっというミノワマン。
筋肉マンに憧れ、プロレスラーを志すも学校の先生にも友人にも夢を笑われてしまったそうだ。
母親だけは「やりたいことをやりなさい。喘息持ちだから繊維関係の仕事はやめなさい」と。
・・・ウルッ・・・
笑った先生や友人を非難する気はさらさらない。それは普通の反応だと思うからだ(また後述するがこの反応は個人の利益と密接に関わりがあり何とも面白いテーマなのだ)
間違いなく言えるのは、「夢”しか”叶わない」ということだ。
ヴィジョンを持ったものしか人間は達成しないので、そもそもイメージしなければ、目指さなければ、叶いうようがないという話だ。スティーブ・ジョブズが若かりし頃のインタビューで「身の回りにあるものは、全て『誰か』が想像したもので、そのことに気付ければ世界は大きく変えられる」と言っていた。
何かを達成するときに、夢を持つ・ビジョンを描く・目標を持つことは、十分条件必要条件の「十分条件」で、持つだけでどうこうなることはないけれど、ないと絶対に叶わないという理屈があると思う。というかその法則は実際に存在している。
ここで面白いことは、そもそも目指しているやつの絶対数が少ないということだ。
競争の本質は選択にあるという話
「プロレスラーになりたい」という人間の絶対数は、人口に対してそれほど多くないと言える。ミノワマンこと美濃輪育久は当時、「プロレスラーになりたい」連中の中で競争に揉まれていたのだ。
競争に関する話で好きなものが1つある。それは携帯電話会社ソフトバンクの話だ。ソフトバンクの孫氏がヴォーダフォンジャパンを買収した際こう述べていた「3社しかないマーケットで1番になるのは難しくない」
基本的に競争は競争相手が少ないほうが勝ちやすい。
京セラの稲盛和夫氏が、講演の中で語っていた。「まずは、花街で一番の会社を目指して、次は西京区で一番、京都市で一番、京都府で一番、関西で一番、日本で一番、世界で一番と順を追って成長させてきた」と。「コツコツ1つずつやってきた」という話なのだが、注目してほしいのは、「花街で一番の会社を目指した」ということだ。
当時花街に会社がいくつあったかは知らないが、その中で一番を目指した会社は何社あっただろうか?
また
そもそも何を目標と定義して一番を目指していたのだろうか?
仮に従業員数を指標とし、「花街で一番規模のある、従業員数の多い会社にする」と目標設定したときに、競合は何社いただろうか?
こういう目標設定の元、経営していた会社は何社あっただろうか?
・・・
恐らく1社もなかったと思う。京セラ以外。
競争の本質は選択にあると思っている。
- どのマーケットを選ぶか
- 何を目指すか
によって競争相手が変わってくる。重要なのは、皆あんまり「目指さない」ということだ。
目指したもの同士の競争になってくるので数はあんまり多くないのだ。
「笑った先生や友人を非難する気はさらさらない」と記載したが、こういう環境は「目指す人」からすると戦いやすい環境だと言えるからだ。目指す人にとって個人の利益につながる環境である。
まとめ
「目指している人」は、夢を笑われたときにこの理屈を思い出してもらえると嬉しいし、
「今は笑う側にいる人」は勇気を持って、夢や目標を発信共有してほしいと思う。笑われるということは十分条件を満たしていいるということだから。