読書感想文「トライロバレット」佐藤究(2024)解説・ネタバレあり


最初に結論から。

この小説は、カフカ好きの著者が「変身」と絡めて書いた、ブラックジョーク満載のお笑い小説である。

あえて、新書しか出さなかったのも、そういう理由だと思う。

前提1:テロを起こす者の背景

「見てもらえない人」というキーワードをご存知だろうか?

家族や、地域社会・共同体、行政からも見放された人々。

You(あなた)ではなく、It(それ)扱いされ、お前の代わりなんかいくらでもいると言われる取り替え可能な人。

モブキャラ。昨今の無差別殺傷事件の犯人は、こうした”無敵の人”が起こしているという分析がある。

主人公のバーナムや、タキオ・グリーン、フランク・フィンチは正にそういった傾向がある。

前提2:カフカ

カフカは自身の小説を見せながら、爆笑していたという逸話が残っている。

「変身」において、究極的な悲劇にあっても、どこか笑える描写が数多くあった。

「りんごが背中にめり込む」とか「椅子にすっぽり身体が入ると落ち着く」とか…

トライロバレットにおいても、カフカっぽい笑いが散りばめられている。

むしろ、笑いを散りばめる為に、書かれた小説の様にも見える。

前提3:アブダクション

P113にて、論理学における3つの仮説生成方法が紹介されていた。

  • 演繹法(ディダクション):前提から推理し結論を導く
  • 帰納法(インダクション):個別の集まりから、共通の手がかりを見つけ答えにたどり着く
  • アブダクション:観察された現象を説明する仮説を生み出す為に、思考を飛躍させる

そして、アブダクションは、創造性豊かな反面、飛躍しているが故の脆さがある。

バーナムがテロを決意したのは、見てもらえない人だから

母親からは見放され、唯一見てくれていた父親は火災で死に、授業では発言中に言葉を遮られ、学校ではコール・アボットの壮絶なイジメにあい、気にかけてくれる先生は母親と不倫し、いじめの報告をしても、アボットの親の寄付によって誰も動いてくれず、(彼の妄想の中では)タキオ・グリーンはこのままではアボットにイジメ殺されてしまう。

孤独である。

何故、単なるアクティブシューター事件ではいけなかったのか?

P39:自分のことを誰かにおぼえて欲しいという願望は、どこから生まれてきたのでしょう。

P200:ただのバーナム・クロネッカーが起こした銃撃事件に過ぎない。

つまり、モブキャラで取り替え可能で、誰にも見てもらえないから、最終手段として復讐を実行するのに「他の人と同じ扱いを受けてはたまらない」ということ。彼はトライロバレットとして化石となり、人々の記憶に残らなければいけない。

※実際彼は全く違う形で人々の記憶に残ることになる(笑)

アブダクション故の脆さ

P174-5:上半身は三葉虫、腕と下半身は人間である、笑い飯の鳥人の様な怪物を見て

P249:テロのタイミングが重なり、”鳥人トライロバレット”の姿が結局誰にも見てもらえないバーナムの驚き。

P250:テロ実行中の感想(笑)

P251:何でいつも僕は見てもらえないんだという悲しみの表現。

P254:大量殺人中の、フランク・フィンチが”鳥人トライロバレット”を見て至極当然のツッコミが炸裂。

P218:”鳥人トライロバレット”のコスプレがとにかく動きづらい上に、至近距離からしか相手を狙えない。

P260:タキオ・グリーンも大量虐殺を計画していた。

P271:全く違う形で変態ヒーロー「トライロバレット」として記憶される。
何故か姿を現さないという羅生門方式

感想

小説の構造について、1章は前フリ、2章「ウィットロー高校銃乱射事件」はボケである。

こんな社会問題をテーマに、笑いを取りにくるとは、著者のブラックジョーク極まりないと思う 笑

面白かった。