努力をしていなくても負けることは悔しいことなのか?


日曜にTOEICを10年ぶりに受けた。

現在仕事で英語は使っているものの、知らない単語が多かったり、読むのが遅かったりなど問題意識があり、腕試しに受験することにした。
※あと、スタディサプリが良いという評判を聞いて、UXの勉強も兼ねてというのもあった。

努力していないのに負けたくない

弊社の役員のスコアが800点くらいなので「負けないぞ!」と思って、それを超えることを目標に置いていたが、ほぼNo勉強で当日を迎える。

愛知大学のキャンパスに腰をかけながらふと思った

「負けないぞ!」

「でも、努力していないやつが負けたくないって、滑稽じゃないか?」

そうこうしている内にテストが始まる。

リスニングの手応えは6割くらい。音が聞き取れないとかはないが、わからない単語が多かった。

「あぁ、やっぱ普段中学英語でやり取りしてるんだな」と自戒。

リーディングは7割くらいいけたと思ったが、最後の3設問(合計15問)時間が足りなかった。その15項目は全てCを塗りつぶした。

「読むの遅いんだよな。悔しいなぁ」

!?

「努力してないくせに悔しがってるやん!」

悔しさには2種類あって、負けたくないはどちらかというと本能

この感覚をもうちょっと分解すると見出しの様な感じになると思う。

悔しさには2種類ある。

  • 誰かに負けて悔しい
  • 目の前の課題が出来なくて悔しい

というものだ。

一方で負けたくないは本能みたいなもので、努力の有無に限らず

  • ボードゲーム
  • マリオカート
  • フットサル

何でも良いが負けたいと思ってやったことはない。

自分なりの解釈

努力の有無に関わらず「負けたくない」とか「悔しい」と思うのはそんなもので(何故人がソシャゲに課金するかというとその競争原理や心理を上手く突いているから)、大した問題ではない。

「努力をしていなくても負けることは悔しいことなのか?」はYesだ。

しかし、自分が勝負すべきポイント。例えば

  • 仕事
  • 勉学

で初回は良いが、毎回「悔しい!負けたくない」と言っているようではダメ。

「悔しい!負けたくない」をエンジンにして、努力して結果を出すべきだ。